昔の思い出

昔の思い出

先日、ずっと胸が苦しく甘い日がありました。直樹兄ちゃんこと、中島くんと一緒に音を合わせていて、

久しぶりに、駄菓子屋のおっちゃんという曲を歌った次の日です。

 

あーあれ欲しい、あーこれ欲しい、あそこにあるやつ欲しい。

 あーあれ欲しい、あーこれ欲しい、あの子が持ってるやつ欲しい。

という歌詞に昔の子供のころの自分を思い出したからだと思います。

 子供の頃は、みんなある種、共通していると思うんですが、何かに怯えていて、

誰にも負けたくない気持ちと世の中から消えて無くなりたいという気持ち。

 そして、近所中から馬鹿にされ、嫌われていた僕の家、それを気にしていないのか、気づいていないのか。ガサツで自分の子供を信じる事しかできないお袋。その誤解されても仕方ないお袋を思う気持ち。

 

駄菓子屋があった、キムおじさんという僕の曲に出てくる、生野市場という公設市場。

その生野市場のタイルの床を思い出しました。駄菓子屋の前は色んなものが売ってある、

 雑多な店でちょうど市場を出るところにあり、お袋に言われてよく黒糖を買いに行きました。

 

東京で歌っていた時に、 駄菓子屋というのは、いわゆる、言ってはいけないことかもしれないのですが、戦争未亡人の方が多くやられていた職業だったらしく、

 「駄菓子屋のおっちゃん」というのはありえない。「駄菓子屋のおばちゃん」

だろ。と先輩に言われ、そういえば、生野市場の駄菓子屋は、お菓子の卸みたいになっていて、椅子にいつもただ座っているだけのおばぁちゃんがいました。

 おっちゃんは多分息子さんで、切り盛りをしていたように思います。

 

実は、あの万引きの歌は、そこの駄菓子屋であったわけでなく、もう一つ違う駄菓子屋で、僕の友達が実際にあった話であり、自分が行っていた駄菓子屋といろいろ物語を足しています。

僕は、西長堀にある、中央図書館によく行くのですが、そこの休憩所入り口のところで、飲食をしている人たちのなかに、その駄菓子屋のおっちゃんがいました。

 いかにも没落した感じで、手には缶酎ハイがあったように思います。

 生野市場は、公設市場でしたが、高校生になったぐらいの頃、なかの店の人たちがお金を出し合ってスーパーにしました。その時お金を出さなかった店舗は店を違う場所でせざるを得なかったり、もうやめられたりしたんだと思います。

 

さまざまな事情があったと思うんですが、駄菓子屋のおっちゃんは平日の昼間に

 図書館で涼みながら、一人で、缶酎ハイを飲んでいたので、声などかけられないし、

 かけても僕のことなどわからないし。あきらかに浮浪者のような感じにみられらんです。

 あの頃の、公設市場の店の人たちはとても優しい人が多かったように思います。きつい人もいましたが。

 駄菓子屋のおっちゃんはぶっきら棒でしたが、子供全員に分け隔てなく接してくれていました。僕が100円買うことなどないのに、おまけをわからんようにくれたりしていました。

 


by music_yusaku | 2017-10-14 10:43 | 日記


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